KATO・国鉄・153系・新快速・急行電車/6両

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113・153系ブルーライナー/輸送改善の立役者

写真はカトーのNゲージ・153系です。デッキつき、全席クロスシートの急行型電車として、東京~名古屋および大垣間の「東海」や名古屋~大阪・神戸間の「比叡」など、料金のかかる列車を想定した造りとなっています。しかし一転、晩年は料金不要の「新快速」に奔走。塗装も当初の湘南色から、写真のような白を基調に青帯を巻いたものに変更され、現在のアーバンネットワークの基礎をつくる重要な車両となるなんて、落成当初は誰も予想しなかったでしょう…。

その大きなきっかけとなったのは、1972年3月の山陽新幹線・岡山開業です。153系は1962年までに600両超が製造されていましたが、メインだった準急・急行列車が新幹線の発展とともに下火となり、153系に余剰が発生するようになりました。

折しも関西では1970年、試験的に「新快速」を設定。車両は113系で、大阪万博の輸送を確保するべく駆けつけた関東の横須賀色でした。趣味的には面白く、今の時代に走れば連日ファンでごった返しそうなネタですが、利用する側としてはデータイムを中心に京都~西明石間のみの運転で、毎時1本と少なかったために影の薄い存在でした。

京阪、阪急、阪神など私鉄との激しい競争を強いられる京阪神地区において、当時の国鉄は「高い・不便」と水を空けられている状況。そんな状況を打破するため、余剰が派生していた153系はまさにうってつけでした。

153系は急行型電車ですから、料金不要の新快速としては十分といえる性能です。すでに準急・急行時代の長距離運用によって老朽化は進んでいたものの、のちに「ブルーライナー」と呼ばれるまったく新しい塗装や、ダイヤを現在のような15分間隔(京都~西明石間)とするなど運転体制を一新。この画期的な取り組みが利用者の支持を得、新快速は以後117系、221系と受け継がれていくことになります。

また1972年3月のダイヤ改正では、阪和線にも新快速が設定されました。

車両はそれまで東海道・山陽本線で活躍し、153系に置き換えられる形で移ってきた113系(冷房車)ですが、それまで非冷房の旧型国電が多数を占めていた同線において、サービス向上に大きく貢献。塗装も153系に合わせた白地に青帯を巻き、同系列の引退後も関西伝統の色として、2012年まで活躍しました。

余談ですが、設定された当初は天王寺~和歌山間の運転で、途中の停車駅はなんと鳳だけだったそうです。所要時間は約50分。停車駅の差はあるとはいえ、現在、最新鋭の225系により運行されている紀州路快速と比べても断然早いです。それだけに、需要が少なかったことで後年に廃止となってしまったのは残念に思います。

そんな、アーバンネットワークの発展を語る上で外せない113系と153系。もしもご自宅で関連する品物(模型、パンフレットなど)を余らせていましたら、売却も検討されてはいかがでしょうか。鉄道本舗では随時査定を承っていますので、お気軽にご相談ください!

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